第9回 「約束の時間に必ず遅れてくる男《前編》」 7/8更新

 

「約束の時間通りに必ず来ない」というスポーツを知ってるかい?


難しそうな名前だが簡単だ。 いかに約束の時間に来ないかを競うスポーツだ。
発祥の地はイングランドだと言われている。


そう、そしてオレはジャパンの代表だ。 ワールドカップに日本代表として出場することになっている。


小学校の頃から、このスポーツを始め、 いや、まあ動機はよくあることだ。
「カッコいいから」さ。
何と言っても部活動の花形だし、モテルしな。
全国どこの小学校にもある部活動なんて「約束の時間に必ずこない部」くらいだろ。
フッ、誰がつけたか知らないが「神童」なんて呼ばれたもんだぜ。


高校に入った頃にはオレにかなうやつはほとんどいなかったぜ。
ケッ。 オレより約束の時間に来ないことができるやつなんているわけないとマジメに思ってたぜ。
実際、オレはこの頃、18歳以下の世界ジュニアユースで優勝してるんだ。
あぁ、この頃は最高だったぜ。 女は寄ってくるわクラゲは寄ってくるわ。


18歳のオレにプロのチームが毎日スカウトに来ていたもんだぜ。
まるで 栄光に満ちたオレにはお似合いの毎日さ。
それがどうだ。 それからまもなくは地獄の日々さ。


やっちまったんだ。右ヒジの遊離軟骨だよ。 そう、いわゆるネズミをやっちまったんだ。
ハードな練習がたたっちまったんだ。 昔からあのコーチとは肌が合わなかったからなぁ。
おかげでそれからは大変な毎日さ。


そうなると、オレみたいな、約束の時間どおりに来ないことだけしかとりえのないハンパもんは
食っていけなくなっちまう。 考えてもみろよ。
約束の時間どおりに来ないことが並外れてうまい人間が企業に就職できると思うかい?
8:00に出社なんかできるわけがねえ! 
オレのプライドが許すかい? まったくばかげた話だぜ。
だいいち日本の企業はどうも理解がねえ。
ヨーロッパなら「社会人約束の時間どおりに来ないリーグ」もあるっていうのにだ。
日本は連盟も強化本部も形骸化しちまってるしな。


ガールフレンドなんかまったくできるわけがねえ! ハチ公前で待ち合わせなんかできるもんか!
みんな怒って帰っちまうぜ。 
あぁ! こればっかりは自分の能力を恨んだぜ。
まったくつらい日々を送ってきたもんだぜ。


しかし、オレは決してスポーツマンシップを失ってはいなかったのさ。
2回の手術とハードなリハビリを終えてオレは戻ってきたぜ!

このフィールドに!!!

そうさ、完全に復活したオレに敵がいると思うのかい?
オレは並いる国内の強敵を大差をつけて次々に破り、 国民の目をクギ付けにしたのさ!


つまりダントツにオレが強いってことさ。


プロの「約束の時間どおりに来ないリーグ」でもぶっちぎりさ。
ペナントレースでオレにかなうやつはまったくいねぇ。
去年の日本シリーズなんか4連勝で決めちまったぜ。 これで3連覇さ。


オレは間違いなく「日本で最も約束の時間どおりに来ない男」なのさ。


もうすぐワールドカップだ。
世界には強いヤツがたくさんいるらしいが、オレは絶対に負けねえ。
国民も期待して盛り上がってるし、絶対勝つぜ! オレには世界一がお似合いなのさ。


ワールドカップは異様な雰囲気だ。
さすがに4年に1度、世界からツワモノが集まる大会だぜ。
ギャラリーもハンパじゃねえ。


そういうオレはもう決勝まで進んでいるのさ。 明日は決勝だ。
決勝の相手はイングランド代表のエリートだ。
聞くところによると、ヤツは3歳の頃から英才教育を施されて、
フィジカル・メンタル専属のコーチが12人もついてるらしいぜ。
さすが発祥の地・イングランドらしいエリートなジェントルマンだ。


決勝までの戦い方を見てもヤツにつけいるスキはほとんどない。
ヤツは完璧だ。 そしてオレは孤独だ。
しかもこのプレッシャーだ。
決勝まで来るとさすがにプレッシャーはハンパじゃねえ。
さっき総理大臣から電話で激励されちまったぜ。
「日本国の栄誉のために最善を尽くしてください」
チクショウ、緊張するじゃねーか! ああ! チクショウ、遺憾に思うぜ!


だいいち、決勝まで来るまでにどれだけ俺が苦労をしたか!
心身ともにボロボロだぜ。


いちばんキビしかったのは準々決勝で逆転サヨナラで勝った試合だ。


さすがのオレもあの時はまいったぜ。 相手はアフリカ代表のナントカってヤツだ。
ポレポレ族の出身てことだったが、 あんな強敵とやったのは生まれて初めてだ。
なにしろ、ヤツは生まれてこのかた時計をしたことがね−んだ。
そんなヤツよりどうやって約束の時間どおりに来るなっていうんだ!

そこでオレは心理戦を挑んでみたのさ。
そうさ、オレの得意なとんちさ。

イチかバチかの賭けだったが、 オレにはそれしか手はなかった。

しかしだ!

中盤も終わりに差し掛かるころ、あれは6回の裏ころだったか、 おれは気づいたんだ。

オレの仕掛けたとんちがまったく相手にされてなかったことを!

ふぅ。 どん底に落とされた気分だったぜ。 さすがに負けを覚悟したね。戦意喪失状態さ。

フッとみるとセコンドにいるコーチがタオルを投げ入れようとしている。

あれが目に入らなかったらおれは無様な負け方をしていたはずだ。
なにしろ、全世界注目のワールドカップの準々決勝でとんちをしかけて
相手にされなかったっていうんだから、考えただけでも恥ずかしいぜ。


タオルを制してオレは強く思った。そんな恥ずかしいことはゴメンだ!

それだけが、何よりもそれだけが、オレの心のよりどころだったのさ。


自分との戦い・・・・ 一瞬が永遠に感じたものさ。


おれはとんちを仕掛けてしまったばっかりに、恥ずかしい思いをしたくないために。
むこうは家族の生活がかかっているために。


戦略も戦術も何もない、そのまんまの男と男の勝負!
プライドのぶつかり合い!


結果的にオレは勝った。


最後のバックストレート。オレの方が一瞬、ヤツよりも約束の時間どおりに来なかった。

ただ、それだけのことだ。

そして、

ただ、それだけのことだ・・・。

さぁ、明日は決勝だ!

≪後編≫につづく。


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