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第11回「人口問題
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2002/07/05更新
秋田県において、人口問題はかなり深刻かつ、切実な問題である。
年間4,500人の高卒者の県外流出者数は3,000人を超える。
それも含めて、10代、20代の県外流出者の割合は70%を超え、
県内在住者は120万人に満たないのに対して、首都圏での秋田県出身者はすでに120万人を超えている。
まさに県民輸出大国として全国に君臨している。
この大量の若者の県外流出は、高齢化率を相対的に上昇させ、
経済を圧迫し、街の活気を著しくおとしめている。
例えば、秋田文化出版から出版されている「秋田をこう変えよう!」という本では、
『いま秋田の最重要課題は「人口減」と「県民所得の低さ」である。
南の経済圏では話題にならないこれらが、我が郷土では絶対的なものになっている。
昭和31年には約135万人の人口が現在は120万人である。そしてその中身は65歳以上
の高齢人口が17.2%を占めて2010年には28.5%まで膨張する。
さらにおびただしい若年層の県外流出である。若年層の流出は出生数の減少を招き、
高齢化を加速し、民力の潜在成長率を押し下げる。…』
とある。
秋田県から若者が大量に毎年毎年いなくなっている。
これはすべての秋田が抱える諸問題の根源であり、
これから迎える地方分権の時代において、
県民は総力をあげて、誇りと文化、子孫の未来を賭けての
生き残り闘争を強いられることになるだろう。
そこに、秋田を生まれ変わらせる非常に有効な起死回生策として、
県民の期待のもと、県民の声により浮上してきたのが「イーストベガス構想」である。
この構想は20世紀も終わりに近い1996年、秋田県の、雄和町という小さな
街の住民たちを中心にして発生した。
驚くべきは、彼らは実際に街を動かしている権力者でもなく、あるいは支配者層でもなく、
金も権力も名声もない一般県民であり、さらに年齢もすべて21〜22歳と、
まさに県外流出している世代たちであったということだ。
彼らは、自らの行動や構想を「土民革命」、「路上からの伝言」と声高に叫び、
徹底した理想主義に基づき、周囲を巻き込み、コンセンサスを固め、
あっという間に秋田県を破滅に向かわせている悪しき慣例や組織風土、
システムを傍らに追いやり、ついに、秋田県を生まれ変わらせることができうる
第1番目の勢力として、全世界からの熱い注目を集めるに至る。
その勇敢な行動に対して県民は、まさしく熱狂した。
かくいう私も熱狂している一人である。
地元大手新聞の報道によると、100年後の秋田県の人口は20万人程度になると推測されている。
現在の人口が、1,181,994人(2002年2月8日)であることから考えると、
かなり大幅な人口減である。83.1%の県民がこの県から消えるということだ。
現人口の6人に5人は秋田県からいなくなっているという事態が現在進行形で、
しかも急速に起こっている。
これほど大幅で衝撃的な人口の減少が、戦争や天災によらない自然減による人口減少が、
歴史上、人類は経験したことがあったであろうか。
誰も経験したことのない、4世紀後半のゲルマン民族大移動クラスの
人口動態の変化が、この秋田に訪れているということだ。
こういった事態になって1番はじめに困るのは、まずカメムシ問題だ。
まず著者の昨年度の実績より、現在、県民が1年間でカメムシを殺している
一人当りの年間カメムシ駆除数を5匹/人とする。
人口減少数が1,181,994−200,000=981,994人であることから、
981,994人×5人=4,909,974。
年間約500万匹ものカメムシが、天敵である人間による駆除機会から解放され、野放しになる。
これほどのカメムシを相手に県民はどう対処できうるであろうか。
県民一人当りの年間カメムシ駆除数は24.55匹/人にも跳ね上がる。
1ヶ月に2匹以上はカメムシを殺虫しなければならないという状況に陥る。
こういった状況になっても、果たして県民は、人間らしい生活と福祉を保ち、
法の下の平等の下に、お互いの人権を尊重しあい、生命の営みを維持することが可能かどうかは
はなはだ疑問に思える。
被害はそれだけにとどまらない。
天敵である人間の減少により、カメムシの個体数大爆発がおこると、もう一方の天敵であり、
捕食者であるモグラも大喜びだ。
モグラは飢餓や貧困にその生命を左右されることがなくなり、
おおいにその一生を謳歌しはじめることは明白だ。
そうなると、すべてのモグラは何にもわずらわされることなく、思う存分、好き勝ってに穴を堀り、
彼らの人生を一斉に楽しみ始める。つまり、まずはそこら中、穴だらけになるということだ。
次第に、あるものは地中で穴を掘ることを止め、地上に立ち、
二足歩行を初め、ギターの弾き方を覚え、人生をさらに謳歌しはじめるだろう。
もはや地中に住むモグラはいなくなり、街のいたるところで楽しそうなモグラの
姿を見かけることができるようになるだろう。
その街中であふれるモグラたちの中に、
強烈なカリスマ性を持ったモグラでも現れるようなら大変だ。
彼は、人間が自分たちと同じ地上に生きているのを疑問に感じ、
その天賦のカリスマ性でモグラたちをまとめ、誘導し、モグラの権利を訴え、人権運動をおこす。
そうなると、なにしろ県民は20万人しかいない。
モグラの繁殖力を考えると、あっという間に凌駕されてしまう人口だ。
住民投票の結果はやる前から、ハッキリし、ついにはモグラの主権を認める唯一の県になる。
さらに、モグラたちは人間との共存共栄をきらい(表面上はそうでないとしても)、
自らの領土を求めてくるに違いない。
そうなれば、もっとも人口減少率の高い阿仁地方くらいはモグラに割譲する必要に迫られるだろう。
しかし、モグラたちが、「阿仁なんてやだよ」と主張し、より生産性の高い広い平地と海岸部を要求すれば、
能代市か本荘市あたりは覚悟しなければならないだろう。
なにしろ、住民投票ではまったく勝ち目がないのであるから。
こういった状況になっても、果たして県民は、人間らしい生活と福祉を保ち、
法の下の平等の下に、お互いの人権を尊重しあい、生命の営みを維持することが可能かどうかは
はなはだ疑問に思える。
こういう事態が迫っててきも、見落としがちなのが高齢化率だ。
100年後の推測は新聞報道では未発表だったが、
かなりの割合の県民が65歳以上の高齢者である事は明白だ。
おじいさんたちやおばあさんたちは、本質的にさみしがりやだ。
そうなると、かなりの割合の高齢者が猫を飼うことが予測される。
それにより、おびただしいほどの猫の個体数爆発が始まる。
猫が増えるとネズミが減るのでウレシク思う人もいるかもしれない。
さらに猫はとてもかわいいので、残された県民に慈愛と心の平安をもたらすだろう。
そうなると、人間は油断する。
中世の偉大な哲学者はこう言っている。
「人類の真の敵は慢心だ。慢心というベルゼブブ(悪魔)が人類を滅ぼす」
頻繁にウッカリするようになり、しょっちゅう落し物をしたり、忘れ物をしたりするだろう。
しかし、それを戒める者はもはや誰もいない。
かわいい猫たちによって衆愚の心は慈愛と平安に満たされ、油断してるからだ。
あちこちで、
ウッカリ、タバコに逆に火をつけてしかも力強く吸い込んだり、
ウッカリ、東場なのにダブナンであがったり、
ウッカリ、履いてきた靴下が実は親父のだったのに気付いたり、
ウッカリ、出会い系サイトに本名でしかも会社のドメインのアドレスでいやらしいカキコミをしてしまったり、
ウッカリ、ラブホテルだと思ってわざわざタクシーで行ったらフィリピンパブであったり、
といったことが日常的にしかも連続的に起こるだろう。
こういった状況になっても、果たして県民は、人間らしい生活と福祉を保ち、
法の下の平等の下に、お互いの人権を尊重しあい、生命の営みを維持することが可能かどうかは
はなはだ疑問に思える。
100年後の秋田の民よ!
汝らを待っているのはこのようなコキュートスである。
ふと私は、イーストベガス構想に賭けてみたいと思った。
100年後の秋田を救う、未来を創りかえるために。
私は私たちの子孫がカメムシまみれの生活を強いられるのは絶対に嫌だ。
フィリピンパブと間違うのも、もう嫌だ。
イーストベガス構想を読まれる方はコチラ ⇒ イーストベガス構想
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