どうすれば、人はそこに住みたくなるのか
ーある若者グループの提案にも注目ー


フリーライター あゆかわ のぼる


人口減少日本一って何故?

 昨年10月に実施された国勢調査によると、秋田県の人口は 118万9.215人で、前回、平成7年の調査に比べて2・2%減少した。

 これは全国一の高率だという。県内69市町村のうち、増えたのは5市町村で、残りの64市町村は軒並み人口を減らした。  増えたのも、一極集中化する秋田市と、そのベッドタウン化が進 む天王町や飯田川町、県立大学効果の本荘市と大潟村などである。

  減少率を見ると、市部では男鹿市の6・2%、町では阿仁町の8・5%、烏海町、東由利町、五城目町などの7・5%などが大きく、目を覆うばかりである。

 人口減少は、いわゆる少子高齢化の流れで全国的な傾向だが、何故秋田県はその先頭に立っているのか、歯止めを掛け、増加傾向に持って行く手立てはないのか。

 県の『あきた21総合計画』によると、このまま推移すれば、2020年には100万人を割るだろうと見ており、子育て環境を整備し、若者の定住対策を講じるなどして100万人台を維持したいとしている。  

  その若者達の中には、「定住」という受け身の言い方について「そ れで人口が増えるのか」とか、「具体的に何をしようとしているのか分からない」という声があり、「若者の交流人口や来訪人口の増やし方」、「住んでみたい、という魅力の付加の仕方」こそ求められているのだ、という声がある。

 一方で、先に書いたように、一人勝ち的な秋田市への一極集中と、その波及効果を利用した周辺の町が若干人口を増やしたが、残りの他の市町村は、「無策」が言い過ぎだとすれば「努力が効果として表れない取り組み方」ばかりが目につく。

  秋田市の人口増は、見方によっては秋田県の過疎と後進県、人口 減少の象徴と見ることも出未る。「食」と、「職」と、「華やかさ」を求めて秋田市に集まってくるからだ。

  そんな中で、いくつかの町の例と、若者達の提案の可能性について考えてみる。

 

天王町は何故人口が増えるのか

 秋田市の北隣に位置する天王町は、前の国勢調査から5年の間に、1250人の人口が増えた。これは、県内の市町村の様子から見て驚異的な数字である。天王町は、何故人口がそんなに増えたのか。

  その問いに対して、大方の人は、「増えるのは、いわゆる『天王市 民』。秋田市の繁栄に与っているだけだろう」という。果たしてそれ だけだろうか。それだけだとしたら、秋田市の西部地区や、河辺町や雄和町など の隣町の人口も増えて不思議でない。しかし秋田市西部地区の新 屋、浜田、豊岩地区が今一つパッとせず、下浜地区は過疎化が進み、河辺町は2,2%、雄和町は4,5%の減少率である。  

天王町と、河辺町や雄和町にはどんな違いがあるのだろう。

 天王町の例を見てみよう。 最大の特徴は、秋田市と家並みが続いている、ということである。 この点では、雄物川に遮られている秋田市西部や、一山越えるよう な感じの下浜地区、河辺町雄和町と条件が異なる。

  天王町の増えた 人口の大半が、追分地区や出戸地区など秋田市に近いところに集中 しているのである。男鹿市、若美町などから移住してくる者もいるが、秋田市からの 転居者が多いという。まさに、『天王市民』であり、『都市型人口』なのである。そして、それがまた、人口増に抽車を掛けることになる。

 下水道や町道の整備は当然だが、小・中学校の統廃合の時代に、平成2年、中学校を増設した。幼稚園や保育所の充実にも取り掛かった。 この町には県立の普通高校があるし、新設の県立大学も近くにある。 従来からある県立農業高校や国立高専も近い。そして、その周辺に 教育関係の機関や施設が出来始めた。

 幼稚園から大学まで揃った、教育レベルの高い町、というイメー ジが出来上がる。 一方で、日本海があって、八郎湖もあり、『夕日の松原』というニ ックネームのついた海岸線沿いの松林もある。

 「自然と文化が調和した町」、それが天王町の魅力として情報発信 される。

 しかし、課題もある。

 新しい住民が多くなることによって、従来から住んでいる住民との間にギャップが出来ることだ。ほとんどの新住民は、日中は秋田市の職場に通い、夜は寝に来るだけ。古くからの知人も身内もいない。宅地以外に土地も持ってい ない。従い、町民意識とか、白治会活動への関心度が低い。

  この問 題が広がれば厄介なことになる。 これへの配慮として、窓口業務のほとんどが出来る役場の出張所 を、新住民の増加が著しい追分地区に開設した。天王町は、これからも人口が増えるだろう。増えた住民が、「ただ 寝る為に帰る所」ではなく、新しい町づくりの重要なメンバーにな ってくれればいいと思っている。

では、南隣の河辺町の場合はどうだろうか。

 

 河辺町は何故好条件を生かせないか?  

河辺町は、一般的には人口減少など考えられない町、とよく言わ れる。町を国道13号とJR奥羽線が走り、車で20分余り、列車では15分 ほどで秋田市の中心地に行ける。秋田空港まで10分、秋田自動車道のICがあり、やがて開通する日本海沿岸自動車遣のJCも出来る。 せせらぎの町とか、秋田市の奥座敷といわれ、風光明媚な町である。

 保育料が県内で一番安く、子育てに適した町だとも言われる。天王町の比ではない好条件が揃っている。しかし、人口は減って行く。

 その理由として、ある町民は二つ上げた。

  その一つは、天王町と違って、峠を越えた所にあって、かつては トンネルを潜らなければならなかった。これは、情報がとぎれるということで、このハンディは大きい。

  もう一つは、そういうことも原因して、好条件を生かした、秋田市のベッドタウン化が、ほとんどなされなかったことも上げる。和田地区や、大張野駅近くの赤平地区に住宅最適地があっても、 住宅団地化の語はあまり出ず、バブルの最盛期に県が開発した『七曲臨空港工業団地」も、多くの土地が利用されないままになっているが、企業誘致は思うに任せず、というより減少し、一部に、「住宅 団地にしたらどうか」という声が上がっても、県に積極的に働きか けたという語も聞かない。

  また、雄和町にミネソタ大学秋田校が開校した時、キャンパスとは目と鼻の先にあるのに、そこを利用した国際化策を取らず、教職員や学生を対象にした商店街活性化の様子も見えなかった。

  当時、河辺町は、秋田県第一号の場外船券売場づくりにいそしん でいたのである。保育料が安いということで、いっとき若い夫帰が住むこともあり、 60所帯分ある雇用促進住宅はいつも塞がっているが、子供が小学校に入ると、大規模校のある秋田市などへ移ってしまうという。いいとこ取りの対象にされているという訳だ。

 その河辺町も、考え方に変化が出てきた。きっかけは、平成12年4月の「新過疎法」の指定であった。対策を 立てれば金は使えるものの、決して名誉なことではない。行政も住民も「これではまずい」と思ったようだ。  

  昨年、使い勝手などで評価はあまり高いとは言えないようだが、 「総合福祉センター」というハコモノが出未た。下水道化も積極的に進めた。新しく住宅団地になる所は優先させた。まだまだ論議のあるところのようだが、町が管理する和田駅を、 ITなどの情報受発信基地にしようという語も出始めた。

 

雄和町の試みは生きたか?  

 では、その隣の雄和町はどうだろう。

 この町は、ハコモノ、スジモノを中心に活性化策を次々に打ち出 してきた。ミ大を開校し、秋田空港が出来、広いスポーツゾーンのある県立中央公園も出来た。空港アクセス道路は、町民の秋田市への動脈にもなった。小規模ながらテーマパークも作ったし、県の農業試験場の誘致にも成功し た。最近の若者に人気の「椿台ヒルズ」という住宅団地は、交通の便は必ずしもよくないのに、まさにモータリゼーション。入居者の 80%が町外の若者たちだという。

 しかし、人口は減る。平成に入って1万人を割り、前回の調査から5年間で390人も減っ た。

  これにはいくつかの具体的な理由がある。

 ミ大の学生の減、自衛隊海難救助隊員が官舎から出て秋田市など に家を建てるなどして移っていったこと、誘致企業の社員寮から若い社員が出て、通勤を始めたことなどが原因だという。

 この町も、打つ手が「椿台ヒルズ」以外に、必ずしも効果を上げているとは言えない。

 

 イーストベガス構想って何?

 そこに若者達が、ドでかいアイデアをプレゼントした。

 最近話題の、「秋田にラスベガスを!」という提案である。

 この提案をしたのは、「トトカルチョマッチョマンズ」というグ ループである。このグループは、平成8年春、20代の若者達が、「愚痴を言っても、捨てて行っても秋田は変わらない。なら、いっそ面白くしよう」 というコンセプトで出来た。以降、かなり過激なアクションが注目され、特に平成10年11年の二度、県内の若者達700名ほどを巻き込んでおこなった参加行動型 ロールプレイングゲーム『大捜査線』が語題になったし、昨年の総 選挙では、インターネット上で立候補者と有権者、有権者同士の討論会をおこなったりしたが、彼等の大きな目的は、"秋田に世界的な東の楽園を作ろう"ということで、これが『イーストベガス構想」で ある。

 この構想は、唐突に出てきたものではない。

 彼等は、二度ほどラスベガスに足を運び、関係者の語を聞き、資料を集めて分析し、日本のその道の専門家のサジェスチョン(提案、示唆)を受け、週に一度の割でグループ討議を続け、後からカジノ を言い出した東京都のお台場を見に出掛けるなど、この5年間、徹底的に研究してきた。そして、「世界を相手にした楽園」だから、空港とは切っても切り離すことの出来ないものでもあり、場所は「あきた北空港」のある県の北部か、「秋田空港」のある雄和町か河辺 町が適地とする。

 このグループの中に雄和町出身の若者が多くいること、リーダー が雄和町出身であることなどから彼等が主催したり、参加したりする、町づくりのシンポジウムや研修会の多くを雄和町でおこなった。

  それに行政関係者が参加した。

  そして昨年、一冊のレポートにした『イーストベガス構想』が発表された。

 

 行政の蛮勇?

 

 そのレポートを見た時のことを伊藤憲一・雄和町長はこう言う。

  「これが、あの若者達の手によるものなのかと、正直驚いた。町職員にこれだけのものを作ることが出来るだろうか。いや、プロのコ ンサルタントだってこれほどのものを作るのは至難の業だ、そう思うほど充実したものだった」。

 そこに書かれたものは、単なるトバク場、カジノの真似などでは なかった。子供から年寄りまでエンジョイ出来る、壮大なアミューズメントエリアで、ホテルの客室数から、来訪者、カジノの売り上げやショービジネスなどの売り上げまで弾き出し、年間売上4千億円、雇用 の創出14万人、税収34億円と試算している。

  伊藤・雄和町長は、昨年の町長選挙の折り、公約の中に「イース トベガス構想の実現に向けて、研究を進める」という一項を入れた。 そのことについて、町長は

  「若い人達の夢やアクションに具体的 に応えることによって、住民や若い人達が生き生きすればいいと思 う。その為に行政に何が出来るかということだ」と言い切る。

 『イーストベガス構想』と似たようなことを考えている所がいく つかあって、前述の東京都の他に、沖縄県、愛知県、宮崎県などがそれである。まだまだ法的な障害があるが、識者は「早晩、取り払われるだろ う」と言い、それからではもう遅い、とも付け加える。

 私たちは、いつの間にか、法外な夢や想像を遥かに超えるホラを吹くことがなくなった。

 そして、こじんまりした小市民となり、こじんまりした地域に暮らすようになってしまった。
  結果的に秋田県の秋田市の一極集中に 見るように、他の市町村は皆過疎地に転げ落ち、県全体が寂れてし まう。しかも、人口減少の歯止め策や増加対策が見えてこない。  

  さて、大人たちが、この若者達の提案を実現不可能な夢か大ボラと見るか、
  秋田回生の為のプレゼントと捉えるか。  

  人口増加の5市町村、この提案に価値ありと見た雄和町を除く63 市町村、90万人近くの人々の反応はどうだろうか。